しばらくの興奮に体力をだいぶ消耗され、仁春は夕方まで熟睡していた。起きたらモロフは部屋にいない。使用人が夕食を運び、彼の体をお湯で拭き、そして布団と服を増やした。気温が下がる一方で、部屋の一番遠い隅の窓だけが昼の間少し開かれる程度の、本格の冬場が日に日に近づいているところだ。コートを肩にかけ、ベッドに座って薬を飲んでいる時、モロフが入ってきた。思わず仁春の体が震え、危うく水をシーツにこぼしそうになってしまう。
「具合でも悪いのか?」
まっすぐに前まで近寄られると、仁春はその一瞬顔が真っ赤になったのに気づき、すぐ視線をそらした。いつもの不快な表情で彼をにらみ、モロフは容赦なく図星を指す。
「新婚さんでもあるまいし、お前照れてるわけ?」
「…まずは、お前ほど経験はないことは認めておく…」
「それから?」
「…」
やはり続きをあきらめざるを得ず、仁春は黙って薬を飲み、そしてモロフがコップを受けて隣の机の上に置いた。座ったら彼がいかにも真剣そうな顔で言う。
「おれは照れることないと思うが。おれたちは、恋人同士がやることをやったまでだ。」
ある単語が耳にとどまり、仁春は頬のさらなる熱度を感じる。
「――それに、おれの本当のやりたいことまではまだ程遠い。」
こんな時、幾分悪げな笑みがぱりっとした顔にまだ見慣れない魅力をつけ、見ている仁春は避けきれず、ただ赤くなるばかり。耳元が熱い。手を差し伸べて彼の耳にさわり、モロフが眉を顰める。
「どうなってるんだお前は。昔から彼女も少なくて…」
「そんな話なら十分からかわれてる。おれもう傷つかない。」
「そういう意味じゃない――」
「モロフ。」
「…なんだ。」
「おれは、ここにいて危険はない。」
仁春は自分の手を見る。「今夜から、もうお前の部屋に戻って寝てくれ。」
ほんの少しとまってからモロフは答える。「おれはここで返信を全部書く。――安心しろ、おれも考えたんだ。あのままではお前の治療にはよくない。おれはあっちのソファーか椅子に寝る。」
「…ごめん。」
「どうして。」
顔を上げれば彼がこっちに寄ってくる。額が軽く触れ合った。
「おれだけのために生きると約束したんだろ。それが条件だ。」
「忘れていない。」
「約束は守った限り、謝りなんてするな。」
「…うん。」
そして仁春を離れたモロフは、その後やはり部屋の向こうの机の前にずっといた。徹夜して仕事をしていたかは、疲れてすぐ眠った仁春は知らない。ようやく今度のことから、彼は二人の関係が変わったという事実を実感し、とっくに触れられるべきだった問題もはっきりと現れてくる。
今までモロフは何人かの恋人がいて、全員仁春は顔見知りだった。たまにも彼の恋愛振りを想像してみるが、それは多分、自分の恋愛に参考を探すためのもの。今、この見た目ではいつでも不機嫌そうな男が、少なくとも消極的な自分よりは、キスに相当慣れているということを知った。ではもっと細かいところはどうなのだろう。女性を追いかける時はどんな風にその感情を掌握するのか。相手の態度に翻弄されるのだろうか。仁春は好奇心にとらわれた。これまでの十数年間、もう完全にわかっていると思っていた男のこの部分は、まだ誰も知ろうと探査したことがなかったかもしれない。
会見があれば、すべて外の部屋でするように手配された。分厚い壁とドアが音を遮り、波乱の後の情勢を、仁春は知りたくはないし、知る気力もなく、ただひたすらつまらなさを抑え体調の回復を待っていた。何回か終日留守を除き、訪客会見の合間にモロフは必ずこっちの部屋に入り込み、書類を処理したりお茶を飲んだり、そして起きているまたは寝ている仁春を静かに見つめる。夜同じベッドで寝ることはあれ以来一度なく、辞令みたいなキスまでなくなった。仁春を見る彼の眼差しはいつも通り平然だが――このように黙ったまま長く見つめること自体は、昔では思いも寄らないことなのだ。
専任の医者が世話するし、そして官邸の充実な条件のおかげで、傷口の癒合は快調だった。医者は室外の散歩を許したものの、モロフがそれに反対を示し、彼の過保護をたまに見舞いに来るレイブンがからかう。モロフが臨時に教皇に召喚されて出かけたある日、レイブンはまた官邸を訪れる。
「なに、自由のために戦ってみないかい?」
「おれは平気。彼の好きにしよう。」
「ほお〜」
レイブンは笑う。「二人とも変わったねぇ。」
「…なんで?」
「今回の事件で君は少し融通できるようになった、と言うべきか?彼の気性は少々優しげになったかな。」
「…そうか?」
「そうだよ。」
机の辺の精巧な紙押さえを撫でながらレイブンは言う。「新たな聖下も彼がお気に入りだし、わが大将閣下はこれからも有望だろう。あの時躊躇わずにセレスト閣下を捨て去って教廷を選んだんだから、玉座の頷きを頂くのも当たり前だがね。」
「…」
無言なまま仁春は頷く。同じく捨てられるところだった自分。だがモロフの「おれだけのために生き延びろ」という条件を呑んで、本当に生き延びた。
「仁春?」
気配りよくレイブンがたずねる。「どうかしたか?」
「いや、何でもない。ごめん。ありがとう。」
真相を知ったレイブンの反応を想像したくない。その日の残った時間、仁春はレイブンの意見に従い体を動かしてみることにした。官邸の中で歩き回ってみるとすぐ手足がしびれを感じ、やせた体も力を失っている。焦り始めた仁春は室内訓練場に行き、軽型の剣を取って振るおうとしたが、やはり腕に力が入らない。
「心配することはない。体力を蓄えたらすべてが元に戻るのさ。部屋に戻ろうか。」
レイブンの言うことはもっともだが、体がどれだけ弱っているかを気づいた以上、早く直りたいという気持ちがこれまでなかったほど募ってくる。夜モロフが帰ってきた時、ナイトガウン姿の仁春はまだ窓辺に立ち、町の灯りを眺めながら腕を軽く曲げ伸ばしていた。ドアが強く閉められ、音から伝わった怒りを察した仁春は振り向く。
「なにしてんだ。」
いつも通りに見える、とにかくは不機嫌そうな顔。だが仁春は一目でその平均以上の不快をわかる。
「訓練場にいたんだって?」
返事を待たずにモロフは勢いで接近し、彼を自分の傍まで引っ張る。「何のつもりだ?」
「おれも気をつけてたんだ。」
「…」
「…ごめん。」
「言っただろ。」
謝るなって。わかってる。合図を得たかのように仁春は目をつぶる。唇の重なった瞬間心臓が高鳴り、モロフの腕が力強く腰に回り、仁春の息も詰まりそうになった。
「…」
つい持たずに男を押し、仁春はあえぎながら言う。「女性にもこんな乱暴なのか?」
「お前は男だろ。」手を放さないまま彼は言い返す。「これくらいで酸欠なんて、まだ剣を振るいたいというのか?」
「…もうわかったから。悪かった。」
「思ってねえくせに。こい。」
また引っ張られてベッドに倒れこんだ仁春を、モロフは片腕を支えに枕元で見下ろす。
「今日聖下にお目通りしたら、あの件についての軍団内の賞罰権を賜った。――条件は一切つかずに。」
「…」
「うれしくないのか?」
「よく…わからない。」
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